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臨床での活用漢方で治そう

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不眠症の漢方治療

不眠症治療の現状

不眠症

 現在、不眠症の薬物療法の主流になっているベンゾジアゼピン系の睡眠薬は即効性があり効果が確実ではあります。しかし、睡眠薬の短期・長期の副作用や睡眠薬のみに依存したくないと考えている患者さんもいます。さらには睡眠薬の服用に対して罪の意識を持つ人さえいます。
 このような背景から、睡眠薬の減量や離脱を目的に漢方の併用や、さらには漢方薬のみでのコントロールを希望する人が徐々に増え、不眠に対する漢方治療の必要性は増加しています。

処方の実際

 不眠は、体を構成する気、血、水、五臓六腑のバランスの乱れから起こるため、この歪みを治すことが根本治療につながります。漢方薬は、直接に睡眠を誘導するというよりも、抑うつ、不安、焦燥などの自然な睡眠を妨げている要因を除去し、気、血、水、五臓六腑のバランスを整えることによって間接的に不眠を改善していると考えられます。

  1. ■入眠障害への処方
     実証に対しては三黄瀉心湯黄連解毒湯、女神散などの処方を用います。これらの処方は黄連を含んでおり、肝を鎮めイライラを押さえます。
     虚証に対しては抑肝散や抑肝散加陳皮半夏、酸棗仁湯を用います。抑肝散(加陳皮半夏)は柴胡や釣藤鈎で、酸棗仁湯は酸棗仁が肝に作用します。
  2. ■中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害への処方
     虚実を問わず加味逍遙散が有効です。
  3. ■心因反応性の不眠への処方
     実証では大柴胡湯柴胡加竜骨牡蛎湯、四逆散、虚証では桂枝加竜骨牡蛎湯柴胡桂枝乾姜湯、帰牌湯などの柴胡剤が使われます。
  4. ■精神不安、不眠、神経症、貧血、食欲不振などを伴う不眠への処方
     睡眠は肝ばかりではなく、心脾両虚による不眠症の場合もあります。
     脾とは小腸を中心とした消化機能全般を意味し飲食物を気(エネルギー)に変える機能を持つと考えられています。不適切な飲食物の摂取や心配ごとによってその機能が低下すると、食欲が出ず消化もうまくいかなくなり、ほかの臓腑に気を送ることもできなくなります。
     心は血を全身に循環させるとともに、神気という気を蓄えています。これは、物事を考えたり記憶したりする精神活動の根本になるものを意味し、なんらかの原因で心に障害が起きると、神気は乱れ、わけもなく不安になったり、不眠や動悸、健忘症を起こしたりします。
     このように精神不安、不眠、神経症、貧血、食欲不振などを伴うときは加味帰牌湯がよいでしょう。この処方は更年期障害を伴う睡眠障害には虚実を問わず第1選択として使用できる処方です。
  5. ■気うつを伴う睡眠障害への処方
     理気剤によって睡眠を改善します。実証から虚実間証では半夏厚朴湯(厚朴、蘇葉)、虚証では香蘇散(香附子、蘇葉、陳皮)を用います。
柴胡剤(柴胡を主薬として配合された一連の処方)

 柴胡には現代医学的に抗ストレス作用があることが知られており、漢方では肝の気の流れを整える生薬の一つです。一般に柴胡剤を用いる場合の目安として、腹診により自他覚的に認める季肋部の腹壁筋群の緊張(胸脇苦満:きょうきょうくまん)があります。胸脇苦満は長期にわたる精神症状の失調により見られる腹証であるため、罹病期間の短い短期的な精神症状では認めないこともあります。そのような場合、ストレスを有する患者では交感神経が優位にあり脈拍が速くなるため、脈診(数脈:さくみゃく)が参考になります。胸脇苦満や数脈が診られる場合は柴胡剤の適応になります。

  1. 1. 柴胡加竜骨牡蛎湯
    焦燥感が強く攻撃的な面のある場合に用いられる。臍上悸(さいじょうき)を認めることが多い。精神不安、抑うつ、不眠や眼瞼の細かい痙攣を認める。チックには第一選択である。
  2. 2. 四逆散
    虚実は大柴胡湯小柴胡湯の中間にあたる。両側腹直筋の全長にわたり緊張が認められる場合に適応となる。感情が外に発散されずに内にうっ積して起こすイライラや精神不安を治す働きを持ち、四肢の末梢が冷える(四肢冷)場合にも良い。
  3. 3. 加味逍遙散
    逍遙散に山梔子と牡丹皮が加味された処方で、主に婦人の不定愁訴症候群や更年期障害に抗不安薬として用いられる。男性患者でも心気症的傾向の不定愁訴に使用できる。
  4. 4. 抑肝散(加陳皮半夏)
    四逆散の変法。肝気が昂ぶり神経過敏症状(抑肝散の証)を呈する場合や、症状が慢性化し腹直筋の緊張が緩み腹部大動脈の拍動が顕著となる場合に用いる。陳皮と半夏を加えることで胃腸の機能失調も改善できる。
(理)気剤 (気の流れを整える働きを持つ処方の総称)

 心因性の身体症状は一般に気の失調として考えます。身体症状に加え、気分の閉塞感や息苦しい感じ、喉に何かが詰まっている感じなどを訴える場合は、気のうっ滞と考えて、まず(理)気剤を使用します。

  1. 1. 半夏厚朴湯
    半夏や厚朴を配合し消化管の蠕動運動を調節する代表的な気剤。鰓腸由来の臓器の閉塞感(咽中炙臠、胸満、腹満)を改善する。
  2. 2. 柴朴湯
    小柴胡湯半夏厚朴湯の合方。半夏厚朴湯の症状に胸脇苦満を認める場合に用いる。半夏厚朴湯で効果が不十分な場合に柴朴湯に変方すると効果を示す場合がある。
承気湯類

 承気とは「順気」の意であり、気を巡らせることを指しています。本来消化管から排泄されるはずの便(邪)が停滞すると消化管の蠕動運動の調和が乱れ、脳腸連関により精神の異常につながります。承気湯類に含まれる大黄が瀉下作用のみならず向精神作用を示すのは、瀉下による消化管運動の改善に起因します。承気湯類は厚朴、枳実、大黄、芒硝などが配合されており、虚実で区別して使い分けます。

  1. 1. 大承気湯
    厚朴・枳実・大黄・芒硝を含み、ここに示した4種の中では最も効果が強い。
  2. 2. 小承気湯
    厚朴・枳実・大黄を含む。虚証が認められる場合に用いる。
  3. 3. 調胃承気湯
    大黄・芒硝・甘草を含み、最も穏やかな作用を示す。
  4. 4. 桃核承気湯
    大黄・芒硝を含み、女性で情緒不安定になり、物を投げたり家族にあたったり、衝動買いをするといった症状がある場合に用いられる。特に便通の異常(便秘)と精神症状が共にある場合に効果が高い。