profile
- 1987年
- 札幌医科大学 神経精神医学教室 入局
- 1988年
- 総合病院伊達赤十字病院 勤務
- 1990年
- 札幌医科大学神経精神医学教室
- 1992年
- さっぽろ悠心の郷 ときわ病院 勤務
- 2000年
- さっぽろ悠心の郷 ときわ病院 副院長
- 2001年
- さっぽろ悠心の郷 ときわ病院 院長
- 2007年
- 札幌医科大学医学部神経精神医学講座 臨床准教授
さっぽろ悠心の郷
ときわ病院 院長 宮澤 仁朗 先生
(インタビュー日:2014年6月18日)
さっぽろ悠心の郷ときわ病院 宮澤院長のインタビューを掲載いたします。
アルツハイマー型認知症の治療における抑肝散加陳皮半夏の使い方のコツを語っていただきました。
認知症のBPSDに対する漢方薬の効果が注目され、抑肝散を使用する医師も増えていますが、日本での臨床知見から、抑肝散を元に作られた抑肝散加陳皮半夏という方剤があります。
1997年に認知症専門外来を開設され、認知症の診療に様々な角度から取り組まれているときわ病院院長の宮澤仁朗先生に、認知症の周辺症状・消化器症状に対する抑肝散加陳皮半夏の可能性を中心にお話を伺いました。
[ インタビュー日:2014年6月18日 ]
認知症の症状は、認知機能障害からなる中核症状と、不安や焦燥性興奮、幻覚・妄想、暴力、徘徊などの行動・心理症状(BPSD)に分けられます。
アルツハイマー型認知症(AD)の中核症状である認知機能障害に対しては、1999年に発売されたドネペジルのほか、2011年に発売されたガランタミン、リバスチグミン、メマンチンの4種類の薬剤が保険適用されています。ただ、いずれも対症療法薬であり、ADを根治する薬は未だ開発途上にあります。
一方、幻覚・妄想、夜間せん妄といったBPSDの精神症状について適応のある薬剤は現段階ではなく、抗精神病薬が適応外使用されています。しかし、高齢者では有害事象が出現しやすいうえ、適応外使用であることから、そのリスクを患者や家族に説明するときには、十分な配慮が必要とされます。
また、認知症のうち、AD、脳血管性認知症に次いで多いレビー小体型認知症では、抗精神病薬の投与で薬剤過敏性や、運動機能の悪化などが現れることもあり、注意が必要です。
こうした抗精神病薬のリスクを踏まえ、BPSDに対して漢方薬を用いる例も増えています。よく知られているのは抑肝散で、幻覚や興奮、攻撃性といった症状の改善効果が報告されています。
個人的には、抑肝散に陳皮と半夏を加味した抑肝散加陳皮半夏も、同様にBPSDへの効果が期待できると考えています。暴力や暴言、夜間徘徊、大声などの陽性症状に対し改善効果を示したという報告があり、自身の経験でも、BPSDにおける暴言や不穏といった攻撃性に、特に有効であると感じています。認知症介護で最も負担となる、介護への抵抗性や攻撃性の抑制は、介護者の疲弊を軽減するうえで大きな意義があると考えます。
抑肝散加陳皮半夏は、実は日本で創薬された方剤です。抑肝散が、ある程度体力のある人からやや体力の落ちる人(中間証~虚証)に用いるのに対し、抑肝散加陳皮半夏は、身体が衰弱している人(虚証)に使用します。
陳皮(理気・化痰)と半夏(燥湿・化痰)という二陳湯由来の生薬を配合することで、消化器系の保護作用を期待できるのが特徴です。抑肝散の証が長引き虚証を呈した証にはより有効とされていますが、高齢で神経症状が強く、悪心や嘔吐といった消化器症状を伴う症例には、最初に使うべき薬であると考えます。
こうした抑肝散加陳皮半夏の特性は、抗認知症薬のドネペジルなどとの併用においても有用性をもたらします。
抗認知症薬のドネペジルなど、コリン作動性神経を賦活するアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChE阻害薬)では、副作用として食欲不振、悪心・嘔吐、下痢といった消化器症状を生じることがあり、服薬中断の原因にもなっています。その対策として、私は抑肝散加陳皮半夏を併用する、西洋薬と漢方薬の"コンビネーションセラピー"を取り入れています。
抑肝散加陳皮半夏の消化器系への作用は、ドネペジルなどによる胃部不快感や悪心・嘔吐などを軽減し、長期服用の可能性を引き出します。消化器症状が起こりやすい人には、抑肝散加陳皮半夏を初めから併用することで、消化器症状を予防する効果も期待できます。
また、ドネペジルでは、興奮など精神賦活作用が見られることがありますが、陽性症状を軽減する効果を持つ抑肝散加陳皮半夏とは相性が良いと考えます。当院で、副作用やBPSDの悪化などで、ドネペジルの継続投与が困難症例に対し、抑肝散加陳皮半夏を併用した結果、服用4週後、8週後の時点で、攻撃性をはじめ妄想観念や不安・恐怖などの有意な改善が認められています。悪心・嘔吐や食欲不振などの消化器症状についても、有意に改善されました。
これらの経験から、AChE阻害薬と抑肝散加陳皮半夏との併用は、西洋薬と漢方薬のお互いの良さを生かせる有用な療法であると考えます。
抑肝散加陳皮半夏の効果発現までの期間は、早ければ1、2週間、遅いと1、2カ月間要する例もあり、西洋薬よりも個人差があります。BPSDに対する効果の評価は、基本的には自宅療養の方なら家族に、介護施設に入られている方なら介護職員に、最近の患者さんの様子を聞き取ることで行っています。
抑肝散加陳皮半夏は安全性も高く、長期の維持療法にも適しています。ただし方剤に、偽アルドステロン症を来す甘草を含んでいるため、ときに顔や下腿などにむくみが現れることがあります。
服用しやすさは個人差があります。今ある形状の中では錠剤がのみやすいですが、残念ながら抑肝散加陳皮半夏には錠剤がありません。スティック細粒は筒状で服用しやすく、口どけも良いと思います。なお、漢方薬の独特の香りや苦味を苦手とする人もいますが、そうした場合にはココアなどチョコレート風味の甘い飲料に混ぜて服用することを勧めています。
認知症治療において、漢方薬を西洋薬の補完代替医療として用いることができるのは、日本が漢方薬と西洋薬をともに保険適用としている、世界でも稀有な国だからです。こうした医療体制は世界に誇れるものであり、これからも存続すべきと考えています。
宮澤 仁朗 先生
医療法人 ときわ病院
クラシエ製薬株式会社 漢方研究所
鈴木 郷 先生
医療法人 孝佑会 ごう内科クリニック
馬込 敦 先生
医療法人茜会 昭和病院
臨床医師への
インタビュー